失敗したくない病(ノウハウコレクター)を克服するマインドセット3つ

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失敗したくない病とは

「失敗したくない病」は、失敗を恐れて何もできない病気である。別名を「ノウハウコレクター」とも呼ぶ。

発症すると全て最初から完璧に上手くやろうとして、やる前からとにかく失敗しないための知識や情報を集める。思う存分集めると満足し、結局やらない。

たとえば、ゲームは自分で遊ぶ前から攻略本を読んでしまう。下手すると、読んで満足してしまい大して遊ばない。スポーツの場合、うんちくは非常に詳しいが自分ではまるでプレイできない。

何につけても本ばかりが積まれていき、実際にやってみることはほんのわずかである。

「知ってる、知ってる」とか、「それ、あの本に書いてある」が口癖だ。

話題が豊富なのでクイズに強かったり、、「知識」としてそのまま人に教えることはできる。役に立つのは、そのぐらいである。

新しいアイディアやモノを作り出すことは苦手で、自分で考えて意見を述べたり、工夫を加えて改良したりもできない。

失敗したくない病にかかりやすい人

割と頭でっかちで、中途半端に優等生だった人が感染しやすい傾向にある。性格と環境の複合的な要因で発病する。

「物事には正解があり、模範解答を知りさえすれば出来る」という、ありもしない幻想をいつまでも信じてしまうのだ。これは、おそらく学生時代の経験則で学んだことだろう。

本当は、最初から正解なんてどこにもない。何が正しいのかは、条件次第で変わる。数学や科学だって、ある前提の下に限定して、この場合はこうなるということしか言えない。

いま、誰もが正しいと信じて疑わないことが、未来には新しいコペルニクスが登場して全部ひっくり返してしまうかもしれない。

しかし学校のテストでは、習った通りに過不足なく答えることが正義である。教科書に書いてあることや先生が黒板に書いたことが「正解」であり、それを正確に記憶してテストで再現することが全てなのだ。

自分なりの解き方や考えを編み出すと、先生は面白がってくれるかもしれない。しかし、いちいちそれを全部の科目でやっていてはキリがなく、非効率である。

「どうしてこうなっているんだろう」「実は違うかもしれない」などと、試験期間中にいちいち考えている時間はない。いや、本当の天才はきっと、それが出来るのだと思う。

悲しいかな、そうでない中途半端な人にとっては、教科書や参考書のやり方を覚えて使うことしかできない。

失敗したくない病・症例プロフィール

学生時代

私も失敗したくない病である。勉強ばっかりして何もできないタイプだ。実際、高校までの勉強はまあまあできた方だと思う。IQ的には高くないのを記憶力でカバーしていた。

たとえば、歴史の出来事の意味や因果関係を理解することができない。何がなんだか難しくて分からないのだ。

しかし年号とキーワードを丸暗記しているので、センター試験の並べ替え問題には対応できる。頭の中には「この事件があったから、次こうなった」という本質が抜け落ちて、ただ数字と言葉のセットがバラバラにあるだけだ。それでも、志望校に受かるために必要な8割をマークするのには十分だった。

そんなだから、自分では何も考えることができない。知識が繋がっていないのだ。何かを見聞きしても「これは、これ」というような1対1対応があるだけで、時間・空間的な関係性を見たり、ありように疑問を持ったりして考えを広げる、または深めるということがまるでできない。

この思考のクセは、大学に入ってから非常に苦労した。一般教養のレポートなら、講義で習ったことをまとめるだけなので良かったが、ゼミ形式で意見を述べたりするのには困ってしまった。問題点を見つけるとか、足りないところを付け加えるという発想がないのだ。「それは、そうなんじゃないですか」と思ってしまい、何も言えない。

4年生になっても病は治らず、卒業論文は全く書けなかった。私には、世の中に訴えたいことがなかった。「レポートの書き方」系の本を生協で何冊か買って読んだり、去年の卒業生の作品を読んだりしたが、特別私が書くべきことは無いように感じられた。正月明けぐらいからダラダラ書き始め、教育実習の感想文みたいなのが出来上がった。

たぶん、残られても困るから卒業はさせてもらえたのだが、私の卒論は他の誰のよりも薄かったと思う。今も学部のバインダーに挟まって残っており、後輩たちに「こんな薄くても通るのか」と希望を与えているかもしれない。

会社員時代

こんな私が就職してしまったので、大変だ(会社が)。絵にかいたような指示待ち人間で、言われる前に察して動くということができない。完全に「余計な事はしない」マインドであった。

先輩から、「社長が荷物持って歩いてたら、走ってって『持ちます』って声かけて。 『いいよ~』って言われるけど行って」などと言われ、次から荷物のときは走っていくことを覚える。

けれど、他に応用できず、別のときにまた呼び出されて「先に帰るときは、何か手伝うことありませんかって残ってる人に声かけて」などと言われてしまう。

会社に8年いたら経験則から多少気が利くような動き方は覚えたが、場所や人が入れ替わるとやっぱりダメで、気が利かないのは治っていなかった。

失敗を恐れない人はクリエイティブ

クリエイティブな人―新しいアイデアを出したり、何かを作り出す人―はいろいろ失敗しながらも自分で創意工夫を重ねてきた人である。

私のメンター(師匠)は、まさにそういう人だ。勉強は出来なかったし、本も読まなかったと言うが、恐ろしく頭が切れる。その上、気配り上手だし、めちゃくちゃ仕事が早い。今まで誰もやらなかったこと、誰も考えなかったことを次々に打ち出している。

どうしてそんな風にできるのか聞いてみると、尋常でないほどの無駄な事や失敗を重ねながら自分で工夫してきたのだと言う。

子供の頃から、たとえば「1+1=2」と聞くと、1ってどうして1なんだ? +って誰が決めたんだ? といちいち疑問に思って考え、そもそもの本質の方を考える性質だったらしい。枝葉がそぎ落とされてしまうので、細かいことを問われる試験向きでなかったのは納得できる。

本の読み方も違っていて、1冊の本を読むときには筆者の考えを本当に自分で導きだせるほど、じっくり読み、行動に移してみるのだそうだ。知識は感覚的に会得しなければ使えない。逆に「会得」を極めていくと表紙や目次を一目見ただけで中身が分かり、その内容で1日セミナーができてしまうという。

仕事でも、お客さんや関わる人に対して自分が出来ることをとにかく全部、大量に行い、何が喜ばれるのか、どうやったら上手く行くのか、それはなぜなのかをつかんでいったそうだ。

失敗したくない病の人は、そういう人たちの素晴らしい成果だけを見て裏の失敗の山を見ず、何かうまいやり方があるんじゃないかと信じたくなってしまう。表面的にやっていることを真似しても、本質が分からないので上手く行かない。そして、1回失敗するとあきらめて、やめる。

失敗したくない病を治すマインドセット

失敗したくない病のままでは、何も生み出せない。いくら勉強しても何の役にも立てない。これをどうにか治せないものだろうか。

恐れずにもっと色んなことができたら。無駄かもしれないことも、ちゃんと本気でできたら。自分で何かを作れそうな気がする。もっと気が利いた働きができるかもしれない。

そうなったら良いと思い、「自分なりに」失敗したくない病を克服するマインドセットを考えてみた。

1 もう誰からも褒められなくていい。

どうして失敗したくないのか。理由を考えてみると、誰かに認めてほしいとか、褒められたい、「すごい」と思われたいという承認欲求が根底にあると思う。

期待に応えられなかったらどうしよう、がっかりさせてしまうのではないか、嫌われるのではないか。そんな恐怖を常に持っている。

しかし、よくよく考えてみると、褒められなくても別に良いのだ。私たちは、もう子供ではない。もう、親や先生に認められて喜ばなくとも、自分の道に喜びを見出してを究めていくことができる。

上司やお客さんに対してはどうか。結果は出さなければならないのは当然のことであり、わざわざ褒めてもらうようなことではない。

2 失敗は損ではない。

失敗したら、時間や労力、お金を損してしまい、何もかも無駄になる。本当にそうだろうか?

失敗からは「こうしたら失敗する」というデータと、「じゃあ次はこう変えてみよう」というアイディアが得られる。

そこでやめたら本当に無駄してしまう。少々苦行ではあるが、失敗を振り返りパターンを分析しよう。そうすれば、同じ失敗はなくなり、いつか成功パターンに当たるかもしれない。

その成功パターンも、ただ良かったではいけない。なぜ成功したのかを自分なりに分析し、考察して本質を理解しなければ、ラッキーで終わってしまい再現ができないし、応用もできない。

3 誰でも最初は上手く行かないのが当たり前。

失敗するのは、自分に才能がないからではなく、誰でも失敗するようになっているからである。上手にできないのは、失敗の数と種類がまだ足りないからだ。

ただの1回も転ばずに自転車に乗れるようになった人がいるだろうか? 誰でも無駄に転んで失敗するうちに、ある瞬間スッと感覚をつかんだはずだ。

誰だって数やっていれば、いつか偶然できるようにはなる。早くコツをつかむ人というのは、自分をよく観察して力の入れ具合やバランスの取り方を意識的に工夫できる人である。

まとめ。とにかく、自分でやって、自分で考える。

失敗したくない病を克服するマインドセットも、読んで「ふむふむ」と思っただけでは何の役にも立たない。「失敗したくない病克服」を失敗することを恐れずに、行動の中に意識的に組み込んでいきたい。

自分でやって、自分で考えれば、失敗を続けていくうちに感覚がつかめる。本質を理解できれば、もう本は要らないし、他の様々なことに応用できる。

とにかく、やってみよう。そして、ちゃんと考えよう。

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