欲しかったものが手に入るとすぐ飽きて要らなくなるけれど、持ったことのないものはやっぱり欲しいという話。

omocha

おもちゃは飽きる

おもちゃがあまり買ってもらえない家

うちは、おもちゃをあまり買ってもらえない家だった。親は貧乏なのに教育熱心である。絵本だけは壁一面の本棚いっぱいにあったけれど、おもちゃといえば「あいうえお」と絵がかいてある木のつみ木とトランプ・かるた、人形とぬいぐるみが少しだけ。ままごと遊びには、古くなった本物のナベやお玉などを用いていた。

いとこや友達の家に遊びに行くと豪華なおもちゃがいっぱいあって、すごく羨ましかった。シルバニアファミリーやプラレール、ブロック、ファミコン、ひみつのアッコちゃんのコンパクト、ホッピング、ローラースケートなどがふんだんにあり、ままごとセットもちゃんと小さい子供用のやつだった。ここの家の子供に生まれれば良かったのになあ、と遊びに行くたび思った。

クリスマス・プレゼントも当初は無く、クリスマスはケーキを食べる日だと思っていた。ところが、幼稚園で最初のクリスマスの後、クリスマスプレゼントに何をもらったか一人ずつ発表するということになった。みんなは、リカちゃん人形!とか、おはなし電話!とか、ウルトラマン!とか自慢していた。

私は面食らった。プレゼントって何だろう?小さい声で「ケーキ・・・」と言ったが、「ケーキなんかプレゼントじゃないよー」と皆に笑われた。先生がフォローしてくれたが、惨めだった。親にその話をしたら、サンタさんに何を頼みたいか尋ねられた。

しかし、とっさに何が欲しいかわからず、「クレヨン・・・」と言ってしまった。親はちゃんとサンタさんに取り次いでくれたらしく、翌日、サンタクロースが来た。新しいクレヨンと、おまけにスケッチブックもつけてくれた。包装紙は「丸五」という文房具屋さんのものだった。

念願のクリスマス・プレゼントにすぐ飽きる

翌年からは毎年ちゃんとサンタクロースが来るようになった。手紙にリクエストを書いて親に託し、ローラースケートや、動く犬のおもちゃ「ゴーゴーわんちゃん」、セーラームーンのステッキ、しゃべるおもちゃのインコ、スーパーファミコンなどが与えられた。

しかし、不思議なもので人の家にあるときはあんなに楽しそうに見えたおもちゃが、自分の家でいつでも遊べるとなるとそんなに面白くない。一通り愛でると、飽きてほったらかすようになった。本でも読ませておいた方がコストパフォーマンスが良い、と親が思うのも無理はない。

「ブライス」という高級人形を、自分で懸賞に応募して当てたことがある。頭の後ろからヒモが出ていて、引っ張ると目玉がギョロギョロ変わるやつだ。すごく欲しかったので嬉しかったが、しばらくガシャンガシャンやって遊んだあと、いとこにあげてしまった。

持ってないうちはすごく欲しいのに、持ってみるとすぐ要らなくなるのは不思議なものである。

お金が欲しい

私の物欲が経済を回しているんだ!

大人になってからは、お金が欲しくなった。お金のために学生時代はいっぱいアルバイトをしたし、会社でもそれなりに頑張って働いた。

使い道は、洋服を買いたい。エステにも行きたい。スピリチュアルにいっぱいお金を払いたい。広い家に住みたいし、庭をきれいにしたい。緑川光さんにも貢ぎたい。(参考「声優・緑川光さんが教えてくれた文章の書き方」)いろいろやりたいことや欲しいものがたくさんあるので、いくらあっても足りないのである。

ちょっと会社員の給料では欲しいものが全部買えないと思い、コッソリ副業を始めた。ちょっとお金は入ってきたけれど、またすぐ何かに使ってしまうので常に微妙に足りていない感じだった。

そして、「もっとスピリチュアルにお金を払いたいので、もうけ方を教えてください!」と今の師匠のところの門を叩いた。で、色々とおかしいということで、全部断捨離することになったのはさておく。

お金もうけに飽きてみたい

師曰く、お金は稼ぎ過ぎて飽きてしまったらしい。いっぱいお金があるけど、それでどうなの? となって、今は別のことが目標になっているそうだ。

ああ、うらやましい。飽きるほど稼いでみたい。持ってる人は飽きるのだろうけれど、持っていないものは、やっぱり欲しいものである。

きっと飽きる、と知っていても欲しい。飽きてみたい。資産運用の心配をしてみたい。師匠からは、「やってみたらいいんじゃないですか?」と言われている。

セックスは飽きた

セックスへのあこがれ

モノやお金ではないけれど、セックスもちょっと似ているところがある。やったことが無いうちは、なんかすごく良さそうに見えるけれど、やりまくっていると飽きる。

小学生のころから、マセた友達がいろいろ情報を仕入れてくる。大人なマンガなどを見て、こういうことやってるのか~と胸を踊らせた。

高校ぐらいから、周りにはもう経験している子がいっぱいいた。首筋にキスマークをつけていたり、普通にゴムを持ち歩いてたりして、なんか大人だなあと思った。しかし、残念ながら私の高校時代は何事もなく清らかに終了してしまう。勉強を頑張っていたのだ。(参考「失敗したくない病(ノウハウコレクター)を克服するマインドセット3つ」

やってみた

大学生になって悲願の彼氏ができ、ついにヤッてみた。処女と童貞のカップルだったため、お互い興味津々である。いろいろと研究に余念がなく、非常に楽しかった。

それで目覚めてしまい、刺激を求めて他にも色んな人と付き合ったり、付き合ってもないのにヤッちゃったりもしていた。

遊びまくっているうちに「真面目に付き合わないか」という人が現れる。素敵な人だったのだが、ちゃんと付き合うと一瞬で飽きて「お勤め」になってしまった。

ご飯を食べる、とか、歯を磨く、のと同じようにセックスも習慣化され、特に面白みがなくなるのである。べつに嫌ではないし、ヤれば気持ち良いんだけれど、仲良くテレビでも見ていた方が楽しい。そのぐらい。

無い人はやっぱり欲しいらしい

こういう話は、経験が少ない人からはうらやましがられる。確かにセックスは良い物には違いないが、飽きるし、別にしなくてもいいと思うのだが。

でも、私がまだお金をいっぱい欲しいと思うのと同じで、セックスもヤりつくしていない人はヤりたいと思うのだろう。そうなると、「やってみたらいいんじゃないですか?」としか言えない。

なんだか、どこかで聞いたような気がする。

結論 飽きるか、諦めるか。

持っていない物が欲しいとか、やったことのない事をやってみたいとか、そういう興味や欲求はどうしても出てくる。

それをどうにかするには、徹底的に欲求を満たして飽きるか、「きっとそういうもんだ」と想像して諦めるかの、どちらかだと思う。

でも、ほしい物の種類によってはそれでものすごくエネルギーを注いでしまうし、止められない状況になってしまう恐れもある。

たとえば、「犬を飼ってみたい」と思ったとする。本体も結構な値段だし、食べさせたり、病院に連れて行ったりするのにもお金がかかる。散歩に連れて行ったり、お風呂に入れたり、いろいろお世話をする労力も必要だ。

そして、途中で飽きて「こんなもんか」と思っても簡単に止められない。犬が天寿を全うするまで、毎日散歩に付き合って、ご飯を食べさせてお世話をしないといけない。セックスと同じく、最初のワクワクはなくなり、毎日のお勤めが延々と続く。

(もちろん、その日常にこそ愛情や幸せがあるので、犬を飼うなと言うわけではない。わあカワイイ!欲しい!というテンションは続きませんよ、という話。)

犬がいたらかわいいだろうけれど、待てよ…と考えて諦めるか、それでも飼ってみてとことん飽きてみるか。

全ての欲しいものについて、飽きるか、諦めるか、どっちが自分にとって良いのかを考えて選ばなければならない。

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